私は釜山に住んでいますので、清平に行くのに以前は8時間ぐらいかかりました。それでも、大役事と聞けばお金をかき集めて、すがるように行っていました。それは、当時長女が発達障害があることが判り、自分も韓国での生活に疲れ行き場のない心が、ひたすら 清平に行くことで保たれていたのでした。その中でも忘れることのできない修錬会があります。2003年12月、イエス様の大役事があるとの知らせを受けたのですが、どうしても準備ができずとても残念でした。今度またあったら必ず行きますと祈ると、2004年1月にもう一度同じ内容の修錬会があり、何とか参加できました。当日雪が降りつもり、釜山からのバスは雪道のためかなり難航しました。ようやく到着して、真っ白な清平の美しさに感激しながら、幼い娘2人の手を引いて誰もいない万物の樹まで登りました。その時ふと「私達の家系に男の子をください」と祈りました。今まで娘や経済のことばかりでそのように願ったことは一度もありませんでした。それから10ヵ月後、男の子を授かりました。
子供が3人になってからは、一人で清平にいくことが難しくなり、なんとか主体者に頼んで行ってもらうようにしたのですが、たくさんの人と食事や寝ることの不便で、行く度に「もう2度と行かない!」と宣言されてしまうのです。それでも、父親として心配なので、また一緒に行くことになってしまったようです。
つつじ浄火祭もバスで行くのは障害児の娘がいるので大変なので、車で行ってくれるようになりました。そして、今回はテントまで買って準備してくれました。
準備はしたものの仕事のため遅れ、出発したのは午後4時近くなってからでした。当日中に到着すれば良いと思っていたのですが、花火の時間に間に合い、美しい花火を見ることができました。
翌日、友人から天正宮博物館特別巡礼に行くよう勧められました。友人は一人で行ったのですが、「家族で来れたらどんなに良かったか」と考えたので、私に皆で行くようにとアドバイスをくれました。
天正宮博物館は午後に行くことにして、いよいよ食事の時間です。主体者が前で、間に子供を入れて、私が最後に並びました。そして主体者が手際よく後ろの私の分まで盛り付けるのです。それを反対から見ていたウェスタンの兄弟に「アッパ(お父さん)か?」と聞かれたのでうなずくと、「グッド ファミリー!」と感心していました。
席に着くと目の前に、周藤先生ご夫妻が座られていて、韓国の親戚の方とお話しをされていました。私に簡単な通訳を頼まれ、大先輩家庭と楽しい食事の時間を過ごすことができました。そして通訳のお礼にと手帳に「愛というものは与えれば与えるほどふえてゆくものです」と御言を直筆で書いてくださり、サインまでしてくださいました。
いよいよ天正宮博物館巡礼の時間となりました。実は今年の目標の一つが天正宮博物館に行くことでした。それも、家族と一緒に行けることになったのです。今回に限り年齢制限もないし、本館一階も見学することができました。きらびやかな内部に圧倒され、苦労して行った本殿聖地完納者の名簿がこのような場所にあるという天の恵みにただただ感謝するばかりでした。そして、家族写真も撮影していただき、素晴らしい記念になりました。
清平修錬会は、人が多ければ多いほど恵みがあると大母様が語られていますが、今回主体者が日本の車椅子に乗った年配の方に親切にしている姿を見ながら、このような環境の中で為に生き思いやっていくような人になっていく、ここがまさに天国の修錬所であると実感しました。